詩をおいておくところ

1984年生まれ。詩を書いては残しします。

1984

読む音楽のようなもの、と思って気に入ったところだけかいつまんで読んでいただけると幸いです。




死と生がちりぢりになって散らばっては凝結して交差して形を成してはまた散らばったりしている。遠も近もなくいやにはっきりしててぼやけているところで空気の層と歴史と無がちゃんばらをしている。その音がいやにでかく響き渡りいつまでも同じ不協和音を残したままなのでそれはノイズになりモアレになり雑音になり濁りになりしこりになり偶像になり、白黒映画の誰もみなかったところになった。その誰もみなかったところに透明の子宮を打ちたてて祈りの中で幾晩も幾晩も祈り眠りすごした。眠りから覚めた時に子宮の中には、光と振動と実体と感触とあと笑い声があった。笑い声の中で見たものは滲み滲んだ憧憬で酔っ払って窓から見た夕陽や、朝日に井戸の中を覗いたり、風が知らない女の人の形をしてやってきたり、瞼を閉じた眼の中に透けて見える太陽の光が身体と反射して、世界全体を赤く照らす事だったりした。
この心はなんというだろう。
この様子はなんというだろう。
それらをみんな集めてしまうと不思議なくらいまっとうでなにもかもより昔にそこにあるみたいにすべっとやわらかく優しくてのどかで激しい如来さんになった。如来さんはいつでもどこにでもいるしあるので、すっかり軽視されて、嫉妬され、貿易され、輸入され、輸出され、軽視され、落胆され、不安要素にされ、たまに懐かしがられた。
落胆した如来さんがもうこんな世の中はやだよとか言ったかいわねーが知らないが死んじゃおっかなーなんて思って決めた場所が大阪の淀川だった。
その日の淀川はえらい水が澄んで月がきらきらと反射して後に天の川になった。また純粋な様子で見上げる子供の眼になった。
そしてなんだかんだ悩んだり泣いたりうなずいたりして如来さんがドボンと飛び込んだ瞬間に僕が急下降で暗闇をいぐいぐいぐと下り落ちて瞬く間に僕が生まれた。
1984年の夏より少し前の事である。