詩をおいておくところ

1984年生まれ。詩を書いては残しします。

紙でできた牛 終わり

行きはよいよい帰りは怖い。
まさにその言葉通りにまたルアンナムターへバイクを走らせる。
昼間は晴れてたからよかったものの、暮れるとシャレならんぞと思いながらアクセルを捻りまくる。
暮れてる暮れてるどんどん暮れてく。
感動の中でみた青々としたジャングルの道々がどんどん朱色に染まって表情を変えていく。
のんきで命を落とすのだけはいかん、とぎりっと歯をくいしばりもはや日は暮れて、なにやらわからぬ獣の声や木々を揺さぶる音、遠くで光る小動物の目なんかを横目にひたすら安全に且つ速く速く。
エンジン音と山の底冷えする寒さとヘッドライトだけが僕のいきているということの証になりながら進む。
真っ暗。
カーブ。カーブ。カーブ。
の先を曲がったところで見たのだ。
真っ暗な闇の中で僕から真横に立って、それら自体が青白く光っているような牛の親子を。
同じ角度で同じ形で、まったく同じように青白く光っている。
ただ、普通のラオスにいる牛と違うのは息をする音が全く聞こえない事。目が真っ青な事。紙でできたようにぺらぺらなこと。
真っ青な目が僕をじっと見てる。
僕は人生で今まで無いくらい震えながらどうにかこうにかハンドルを切り、うわわわわ、とか、こわっこわーとか言いながら後ろを見ずにひた走った。
宗教の謂れは知らないがあれは神様ではなかったのだろうか。
みてはいけないものだったのではないだろうか。
そこからどうやって宿に帰ったのか全く覚えていない。

これが僕のラオス旅行の印象です。
書きながら思い出す事やこの感覚こそ人生で大切にせないかん事やと学ぶ事もあっておもしろい。
過去の事をいじくりまわすのは好きなタイプではないけど、過去から学び、またそれを礎に新しい事、新しい場所へ行きたいな。