詩をおいておくところ

1984年生まれ。詩を書いては残しします。

鵺的感覚。

湿度があり、ぬめーっとしていて曖昧なものが好きです。
生理的に好きだ。妖怪的と言うてもいいかもしれない。
曖昧模糊としたものがあわいの中を跳梁跋扈するイメージ。
百鬼夜行鳥獣戯画なんかのなにやらわちゃわちゃした感じも生理的にグッときます。
生と死が、善と悪が、明と暗が、光と影が、入り混じる様子。境が曖昧な様子。
いや、その二者の極があるんでなしに、ただうにょうにょと繁茂していく、という図式に生命を感じます。
性的な意味でなしに、生的な意味でエロスを感じる。
これは自分が都会で生きるにあたって、整然とこちらからあちらまで、とセパレートされた空間と社会から漏れ出した意味不明な感情も含まれているんではないかなあ。
自然はその点、なにを見てもどこにいてもうにょっとした人間の感覚を受け止めていてくれるようなとこがあるのでキャパがすごいですね。
都会で人間が自然を感じるのは、やはり人間と過ごす空間や時間だ、という僕の考えをすすめるなら、
多分、方向性のない場所こそが自然に近い場所なのではないか、と思う。
人と話すにあたって言葉は注意しないとどーしても方向性を持つ気がする。
〜であるべし、という気分を孕んでる。
無意識の欲求が色々な社会の場をつくるなら、それは必ず方向性を持ってくる。少し形を変えてゆく。
僕はなんだか都度都度でそういう方向性の無い空間が欲しいなあ。
刺激的ではないけど、くるしくない、みたいな。
友人の瞬くんと中津の高架下で小津安二郎の映画みたいな居酒屋で、色んな人の演奏のありよう、都会と田舎の話をしてたときにフト、そのような事を思ったのであります。