詩をおいておくところ

1984年生まれ。詩を書いては残しします。

詩、ポエジー。

寝るまで暇だし、ちょっと手を動かしてなにやらかいてみたいのだからここは黒霧島を手放して、文章を打ってみることとする。
しかしなんだね、私のような30代の地平をしっかり踏みしめると、日々生活の中でみんなどんな目標や達成感や満足を持って行きているんだろうか。
家族や将来、子供、あるいは仕事のステップアップやなんかあるんだろうけれど、その二歩ほど手前にもうすこし意味不明な幼稚なよろこびがあるように思える。
僕の場合は日々、仕事をする中で後々には生活、愛する人、そして自分(の酒代)と繋がって行くんだけどこういう事は大事だけど、大義名分な感じもするなあ。
なんだか身体がつかれたりねむくなったり、怒られたりうまくいったりうまくいかなかったりもあるけど、兎にも角にも一日、職場で泣いたり、嘔吐したり、はたまた脱糞したり、軍歌を歌ったりせず、自分のできることをしていい感じに身体がつかれました、そしてその中で普段思いもしないみずみずしい感情に出会った、というのがつまらないように見える毎日で、どこか楽しい。
多くの人がそうなのか僕が注意力散漫だから成せる業なのかはわからないが、なにか一生懸命やってると、自分とはほとんど関係ないことばが頭にやってくる。
それを覚えていて、気に入ったようにつなぎ合わせると自分によく響く詩になったりスローガンになったりする。
にんげんの頭の不思議だ。
14歳の時ギターを持ってしばらくしてから、自分のことばを歌ってみたいな、と思ってから徐々に備わった習慣だ。
こういう、自分の外からやってきたような言葉は時々、自分を助けてくれる。
ずっと後になって、友人が大事にとってくれていたりする。
でもこれは僕を通過しただけで、なにか他力のことばが他力からぼくにかえってきたようなかんじだ。
そういったわけで、僕は自分が文章を書く事に才能であるとか、うつくしく書きたいとか、かっこよいと思われたいというとこがやや薄く、釣りをしてるような気持ちでことばをつかまえてるので、ただ楽しい。
ポエジーだ。