詩をおいておくところ

1984年生まれ。詩を書いては残しします。

大日

今日久しぶりに京阪電車に乗って、

二日酔いの中うう、気持ち悪いなと思いながら燦々とおひさまが照りつける窓の外の街並みを見てたんだけど

ふと、

この地球がたまたま縁があってほどほどの近さで太陽から熱をもらって、生き物達が生まれて、それが長い時間脈々と続いて、今僕もその大きな祭りの一員なのよなあ、と非常にしみじみとしました。

それで人間というのはその太陽の熱という縁をいただいた生き物の中でも、過去から学び、想像する、という能力に長けておるから、このようにビルを建てたり長屋を改装したり、脱サラしたり、人をだまくらかしてみたり、笑い話をつくったり等できるのだなあと当たり前の事にじいんとしました。

しかし生き物みな太陽の縁のお陰で、生き働き過ごせてるのにどうして人間はそんなに余剰を生み出すのかなあと考えると、やはりこれは考える、ということにあるのだと思います。

かくいう僕もこのようにして夜中にiPhoneで文字を打ち、電力を無駄にしている。

なにか自然から切り離され、個として己を守る力が強くなりすぎると余剰がうまれる気がするなあ。

最近僕はあまり自分の意見や、欲望を前に出さなくなってきました。というかあまりない。

そうして日々生きていると、こうしましょうか、あれしましょうという意見を言われるまましていると、これはなにかこの世界の流れに参与しているようで非常に気持ちがよい。

自分の目標や夢なんかを持たないとこれほどまでに健やかで気持ちがよいのかあとびっくりします。

ではなんでこうやって駄文を書き連ねるかというとなんかやっぱり愚かなとこというか、矛盾しているというか僕はまだまだバカなところがたくさんあるのだろうなあ。